大判例

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福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)274号 判決 1984年9月18日

控訴人

全日本造船機械労働組合三菱重工支部長埼造船分会

右代表者

中村豊

右訴訟代理人

横山茂樹

熊谷悟郎

石井精二

塩塚節夫

中原重紀

被控訴人

三菱重工業株式会社

右代表者

金森政雄

右訴訟代理人

古賀野茂見

木村憲正

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人(下部機関を含む。以下同じ。)が占有使用する原判決別紙第一目録記載の各掲示板及び同掲示板に控訴人が掲示する印刷物、ポスター、ビラ等を実力で撤去したり破り捨てるなどして、控訴人の占有を妨害してはならない。被控訴人は、控訴人の占有使用に係る原判決第二目録記載の電話施設を実力で撤去、断線し、または通話を停止するなどして、控訴人の電話利用を妨害してはならない。被控訴人は、控訴人事務所に対する構内郵便集配業務を継続して行わなければならない。被控訴人は、控訴人が委託する原判決別紙第三目録記載の控除業務を昭和四八年四月以降従来どおり継続しなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。<以下、事実省略>

理由

当裁判所も控訴人の請求は理由がないものとして棄却すべきものと認定判断するが、その理由は、次に付加、訂正する外は、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

一原判決三七枚目表八、九行の「同年三月三一日限り」を削る。

二同三七枚目表一二行目の「原告は、」から三七枚目裏末行の「便宜供与を続けたけれども」までを次のとおり改める。

「請求原因3の事実中本件便宜供与が控訴人組合結成当時からなされていたが、チェック・オフのみが昭和二二年一一月の文書による協定によつて始められたこと、昭和二七年成立した有効期間を一年とする労働協約に本件便宜供与中構内郵便を除く供与規定が置かれたこと、同4の事実中労働協約は昭和四六年五月末日まで更新されて来たけれども、被控訴人が広機問題につき全造機三菱支部が善処しない限り一年の更新はできないとして昭和四八年二月末日まで三ケ月毎に更新して来たこと、被控訴人は同年三月一日から同月末日まで事実上本件便宜供与を続けたけれども、」

三<省略>

四同四一枚目裏一一行目の「一環」を「一貫」と改める。

五同四二枚目裏一一、一二行目の「生産上の諸対策への協力」を「昭和四七年一月一日から隔週週休二日制実施の際被控訴人と全造機三菱支部との間で協定した生産上の諸対策中始終業基準(始業時刻から実作業に入り、終業時刻に実作業を終り、手洗い、洗面、入浴等はその後に行うこと)が必ずしも実行されていなかつたので、その完全実施への協力」と改める。

六同四二枚目裏一二行目の「現在の7.5時間」の次に「(昭和四七年一月一日からの隔週週休二日制実施の際、被控訴人が労働契約上の従前の一日の労働時間七時間を7.5時間に延長する案を提案し、全造機三菱支部は不満ながら無協約状態になるのを避けるため右提案を受入れて、労働協約が右のとおり改訂されていた。)」を加える。

七同四三枚目表七、八行目の「前回までと同一内容で労働協約を締結するが、」を「従前どおりの便宜供与は実施するが、」と改める。

八同四三枚目裏三行目の「被告は、」の次に、「就業規則も一日の労働時間を八時間に改訂し、」を加える。

九同四四枚目表二行目以下を次のとおり改める。

「三 右事実関係からすれば、本件便宜供与は控訴人組合結成直後の控訴人組合と被控訴人の合意によつて始まつたものであるが、右合意の内容は、チェック・オフについてのみは、昭和二二年一一月一二日成立した有効期間を定めた書面による事業所協定が作成され、数回更新されたものであるが、その余の便宜供与については、合意文書が作成されておらず、したがつて、有効期間の定めのある合意であつたものかどうか必ずしも明らかではない。

そして、右便宜供与に関する合意は、昭和二七年四月一日始めて締結された、有効期間を一年とする労働協約の内容に組み込まれ、細目は有効期間を労働協約と同じくする事業所協定で定められ、順次更新されて来たが、これらは昭和四八年二月末日をもつて期間満了により失効し、同年四月二日被控訴人の労働協約の失効を理由とする便宜供与の撤廃の通告となり、今日に及んだものである。

四 そこで、労働協約の失効にかかわらず、被控訴人の便宜供与をする義務は、なお存続するとする控訴人の主張につき判断する。

1 一般に労働組合にとつて、組合事務所や掲示板等はその活動上不可欠のものであつて、企業内組合として成立し存続する我が国の労働組合にとつては、これらの諸施設を企業内に設けざるを得ず、そのためには、或る程度使用者の施設に依存しなければならないところであり、使用者も労働者の団結ないし団体行動の承認の反映として、最小限度の施設貸与等の便宜供与をするのが一般である。

そして、労働組合にとつて、便宜供与を受けることは、組合が存続する限り必要であるので、右便宜供与が期限の定めのない労使の合意によつてなされる場合には、使用者に便宜供与を続行できないような業務上の必要性が生じない限り、軽々にこれを打切ることはしないというのが本来の姿であると解される。

2 他方、使用者と労働組合間に締結される労働協約は、個々の労働者の労働条件その他の待遇の基準を定めるのを本来の目的とするところであり、労使双方は労働協約の有効期間中、右に定められた労働条件の基準を遵守し、これが改廃を目的とする実力行使に出てはならない平和義務を負担するものと解されるから、労働協約を締結することは、労使双方にとつて、右有効期間中労使関係の安定を得られるという利益がある。

また、労使関係は社会経済等の環境の変更によつて変動すべきものであり、労働協約によつて長期間その内容を固定することは困難であつて、そのためかえつて労使関係に無理を生じ、不安定にすることがあるので、労働組合法一五条は、その有効期間を三年以上にすることを規制し、本件の場合も、昭和二七年四月一日締結された労働協約も有効期間は一年とされ、その後昭和四六年五月末日まで一年毎に、昭和四八年二月末日まで三ケ月毎に新労働協約が締結されて来た。

3 そして、右最初の労働協約締結の際、それまでのチェック・オフについては文書により、その余については口頭の合意によりなされて来た便宜供与が、右労働協約の内容として組み込まれたのは、少なくとも、控訴人組合に対し便宜供与という利益を与える代償として、労働協約の締結による労働関係の安定を得るという利益を得る外、労働協約締結交渉の際、少しでも自己に有利な内容を盛り込むための取材の材料にするという被控訴人の意図によるものであり、控訴人組合もこれを了承し、その後そのようなものとして運営されて来たものと推認するのが相当である。

このことは、昭和四六年五月末日をもって有効期間が切れた後の新労働協約締結交渉にあたり、全造機三菱支部が有効期間一年の新労働協約の締結を要求したのに対し、被控訴人は広機問題解決に対する組合側の善処方を要求し、誠意が認められないとして三ケ月という短期の労働協約の締結しか認めず、これを繰り返した事実や、昭和四七年一月一日から隔週週休二日制が採用された際、被控訴人がその条件として従前の一日七時間の労働時間を7.5時間にすることを要求し、全造機三菱支部は労働時間の延長には内心反対であつたが、無協約状態になることは得策ではないとの判断から、結局被控訴人の要求を容れて労働協約の労働時間に関する部分が改訂されたいきさつがあることなどが前記推認を裏付けるものとみることができる。

4 企業内組合が大部分である我が国労働組合にとつて、その活動のよりどころとしての組合事務所等に利用するため使用者から最少限度の便宜供与を受けることは不可欠であり、したがつて使用者の施設管理権の行使についてもこれに見合う受忍義務があるとする議論も存するけれども、しかしながら、どのような形で便宜供与をするかは、使用者と労働組合の対当な協議によつて定め、且つ労働組合の自主性を損わない範囲のものである限り本来自由というべきである。

そして、本件の場合、昭和二七年四月一日以降被控訴人と控訴人組合は、それまで個別の合意によつていた便宜供与を、前認定のような状況の下に有効期間を一年とする労働協約の内容に組み入れ、細目は労働協約と有効期間を同じくする事業所協定を締結し、これを一年毎に繰り返して来たものである。したがつて、控訴人主張のように本件便宜供与が慣行ないし期間の定めのない労働協約上の権利であつたとは認め難いところである。

叙上のとおりであつて、本件便宜供与の法的根拠は労働協約ないし事業所協定以外にはなく、したがつて昭和四八年二月末日、それらが有効期間の満了によつて失効したことにより、本件便宜供与もその法的根拠を失つたものというべく、控訴人の右主張は理由がない。

五 控訴人は被控訴人の本件便宜供与の撤廃が不当労働行為に該当するので、被控訴人に対して従前どおりの便宜供与を継続することを請求する権利があると主張する。

本件便宜供与の法的根拠が労働協約ないし事業所協定以外にはなく、したがつて便宜供与に関する控訴人ないし全造機三菱支部と被控訴人の債権債務関係は昭和四八年二月末日の労働協約の期間満了によつて終了したものというべきことはすでに述べたとおりである。

したがつて、仮に被控訴人の便宜供与打切りの措置が不当労働行為にあたるとしても、右行為が不法行為を構成し、控訴人ないし全造機三菱支部が被控訴人に対する損害賠償請求権を取得することがあり得るか(成立に争いがない乙第九九号証によると、現に全造機三菱支部が被控訴人を相手どつて東京地方裁判所に本件を含めた被控訴人の便宜供与打切りの措置が不当労働行為にあたることを理由として損害賠償請求訴訟を提起し、昭和五八年四月二八日全造機三菱支部敗訴の判決の言渡しがなされたことが認められる。)、又は被控訴人を相手どつて行政上の救済措置である労働組合法二七条所定の救済命令を求めることができる(現に、全造機三菱支部が被控訴人を相手どり東京都地方労働委員会に右救済の申立てをなし、昭和四八年八月二〇日被控訴人に対して本件便宜供与を昭和四八年三月三一日現在の状態に戻すことを命ずる趣旨の救済命令を発し、双方の申立てによつて中央労働委員会が再審査し、昭和四九年一一月二〇日東京都地方労働委員会の前記救済命令を支持する旨の命令をしたことは、当事者間に争いがない。)ことは格別、不当労働行為の効果として、被控訴人に対して便宜供与をなす法律上の義務がママ発生させることを肯認できる法律上の根拠を見出すことができない。

したがつて、控訴人の右主張は、その余の点につき判断するまでもなく、失当として排斥を免れない。」

叙上のとおりで、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきところ、これと同趣旨の原判決は正当であるので、本件控訴は棄却し、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 諸江田鶴雄 日高千之)

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